ナンパという選択

ふと思った。

 

ナンパをしなかったら、僕はどんな人生を送ったのだろうか。

 

 

13年前のあの日、友人に誘われて旅行先の大阪でナンパを始めた。

しかし、あの時、その友人の誘いを断り「そういうの興味無いから、先にホテル帰るわ」と返答していたら、きっと僕は”一生”ナンパに関わる事のない生活を送っていたのだろう。

 

果たして、どんな生活なのか。想像してみる。

 

一言で表現すると「低刺激」な日々なのだと思う。

良い意味でも、悪い意味でも。

 

 

最近は「4低」と呼ばれる男子が、結婚の理想像だそうだ。

  • 低姿勢:グイグイ引っ張るのではなく、相手とフラットな関係を望む事
  • 低依存:掃除や料理をパートナーに依存せず、自分で行う事
  • 低リスク:派手で豪勢な事はせず、堅実な生活を送る事
  • 低燃費:派手で豪勢な事はせず、少ないお金で満足する事

うーん。低刺激。

まさに低刺激である。

そう考えると、ナンパをしなかった方が結婚でk、、、これ以上はやめよう。

 

 

僕に限らず多くのナンパ師がそうであるように、非モテ陰キャの人生を一言で表現すると「低刺激」では無いのだろうか。いつもの慣れたエンタメで時間を消費し、過度に落ち込む事も無く、淡々と毎日を送る。

深く落ち込む事も無く、悩んでクヨクヨする事も無い。

理系らしく波形で表現すると、振幅も振動数も極めて小さい、「線」のような安定した生活である。

 

僕は根が陰キャなので、こういう生活も悪くないと思っている(ガチで

ナンパしなかったら、普通に会社行って、ゲームして、勉強して、会社に行って、こういう生活を送っていたのだろう。

 

 

という事は。

言い方を変えると、ナンパをして手に入れたモノは「刺激」という事だ。

 

ナンパを教える身でこう言ってしまうのはアレなのかもしれないが、ナンパは「夢を叶える魔法のランプ」では無い。

ナンパを始めれば、毎日理想の美女と飽きるまでセケス出来る生活が手に入るわけでも無いし、ましてや仕事もお金も順調になる事も無い。

更にネガティブな事を追加すると、ナンパによって得た出会いもあれば、ナンパによって失う出会いもある。

ナンパ狂とエンジョイする代わりに、普通の人間と価値観が合わなくなり、離別する事もあるかもしれない。

 

人生は等価交換である。

何かを手に入れる選択をする、という事は、何かを手に入れない選択をする、という事である。欲張りはダメ絶対。

 

 

ただ、ナンパをすれば刺激的な生活が待っている。

好奇心・探求心・性欲・ストレス発散・価値観の崩壊・悔しさ・劣等感・怒り。

とにかく、刺激が待っている。

 

▼ ←ナンパ前 / →ナンパ後

 

 

まあ何にしても、人生は一回きりである。

 

さて、もうすぐ、記録的に寒い冬が明けて、待ちわびた春がやってくる。

君はどの選択をするのだろうか。