ファイナルアプローチ

ファイナルアプローチ(Final Approach)

航空機が目的地に着陸(アプローチ)する、最後の段階の事。


 

キャビンアテンダントと、ヤリたい!!

 

まだ若かった僕たちの、激しい議論の末に辿り着いた結論だった。

 

遡る事、数時間前。

友人とのサシ飲みに火が付き、お互いの恋愛遍歴や価値観を暴露していた。(僕がナンパ師として活動している事も言ってしまった。)

その友人はモテ男だった。しかし、女遊びの対象がどうしても知り会いベースになってしまう。だからこそナンパに憧れ、キャビンアテンダントに憧れたのだろう。今思えば完全に若気の至りだ。

しかし、どこにキャビンアテンダントは生息しているのか。

 

ググった結果、コリドーに居そうという事になる。(適当)

 

そこから僕らのコリドー戦争が始まった。

定期的に華金コリドーに行き、片っ端からナンパ。独特のギラギラした高揚感が漂う街に惹かれていった。そして当初の目的を忘れ、コリドーにハマって数カ月が経過していた。


 

そして、ついにその日はやってくる。

いつも通りの華金待ち合わせ、街にイン。

駅を降りてすぐの路地でハイレベ2人組を発見する。レッドオーシャンに突入する前に声を掛け、居酒屋へ連れ出し。

かなりのハイレベ&慣れない年上を相手にし、少しだけ緊張しつつもアルコールと勢いで会話を盛り上げる。

リア友と僕とのイジり合いが結構ウケる。友人と会うのも久々だったので、お互いの恋愛報告をしていたのも「斬新」との事だった。

 

良い感じに場を盛り上げ、連絡先を交換。

2件目に誘ったが、そこは丁重に断られてしまう。

「職業は見た目じゃ分からない」と猿でも分かる事話しながら帰路についた。

女の子は2人とも「彼氏は居ない」と言っていたが、果たして本当なのだろうか。そんな事を考えながら、早速担当子(以下:彼女)とのラインを開始する。

 

彼女のLineのアイコンは、どこかのビーチを背景にした他撮り。いかにもといったアイコンだが、なぜか嫌な感じは全くしない。

夢にまで見たキャビンアテンダント。気合を入れて手の込んだ返事を行う。4人で飲んだ日の様子を議事録風にまとめてGoogleドライブ経由で送付したのが特にツボったようだった。

 

「君は、ユーモアのセンスが独特だね。周りの男性に居ない。」

 

褒めなのかディスなのか良く分からないコメントを彼女に貰いつつ、順調に距離を詰める。

 

 

そんなある日、彼女から「六本木で飲んでる」と連絡が入った。

すかさず「俺も六本木で飲んでるんだよね!終わったら2人でサクっと飲もうよ、反省会しよう」と送る。(正直に言うと渋谷でストナンをしていたのだが、この”地球”という広大な視座から見た場合、渋谷~六本木の距離なんてゼロみたいなものだ。)

 

彼女から返事。

 

『気が向いたら!』

 

…これ絶対気が向かないやつだ。

諦めてストナンを継続する。

 

そして1時間後。ポケットが振動する。彼女からの電話だった。

な、なんて気まぐれな女子なんだ。

慌てて電話を取る。

 

『あ、電話出た。』

「当たり前です。ずっと待ってました。」

 

盛大な嘘で返す。

 

『ねえ今なにしてるの?』

「丁度、六本木での飲み会が終わりがけ。」

 

二度目の嘘をつく。

 

『ふーん・・・?』

「お互いそろそろ飲み終わりでしょ。良かったら2人でサクっと飲もうよ。」

 

ここで上手く六本木で回収し、自宅までタクシー搬送じゃあ!と思いつつ会話を進める。

 

『うーん・・・・・まあ店で軽く飲むなら良いよ。』

 

そんな僕の下心を見透かしてか、彼女が釘を刺してくる。

しかし、僕から”飲もう”と誘っている以上、今の立場は彼女の方が優位だ。それを理解しての打診なのか。やはり、慣れている。

 

「もちろんですとも。奢らせて頂きます!」

 

良いだろう、その挑戦に乗った!予算は度外視だ!

15分後の待ち合わせに向けて、東京の夜をタクシーで疾走する。


 

結論から言うと負けた。

あっさり大葉とタコのパスタくらい、あっさりと負けた。

 

・・・・まあ、こんなもんだよね。

 

しかし彼女も酔っており、色々と情報を聞けた。

特に大きかったのが、実は婚約している彼氏が居たという情報が聞けた事や、最後の遊びタイムという事で最近は合コンやコリドーに足を運ぶようになったという事。

彼氏以外の男性とデートに行き、口説かれる様子を見て楽しんでいるらしい。

 

『結婚したら口説かれなくなるじゃん?』

 

開き直ったかのように。当たり前にそういう彼女は、なんだか少し憎めない。

 

『けど、それ以上は面倒だからしない。彼氏にバレたら面倒だし。』

 

そしてこの彼氏が結構厄介だった。

・商社
・ハイスペ
・イケメン

どこにも勝てる要素が存在しなかった。確かに僕は「ユーモア・変人」の地位を確立していたが、果たしてこの路線で彼女とセックスをする事はできるだろうか(いやいやきっと出来ないだろう)。

 

さて、彼女は一体何を求めているのか。

本当に「口説かれたい」という想いだけなのか。

一旦冷静になって考える。距離はかなり詰められていると思う。彼女も僕とのやり取りは心から楽しんでいるようだし、他のスペックや外見でアプローチする男性との差別化も出来ている。

 

他の男性よりも、より「本音」に近い部分を彼女から引き出す事には成功している。

 

しかし、あと一歩が埋まらない。

最後の一歩を埋めるアプローチが、分からない。

 

デートの後半で、彼女と取り付けた約束を思い出す。

『明日も合コンなんだよね。』

「相変わらず、積極的ですな」

『ここから2週間くらいは結構、埋めたかなー。』

「なるほど。じゃあ2週間後、そのエピソードを聞かせてよ。俺がそれぞれの男性を評価するよ。」

『あ、それ採用。楽しそうだね。』

 

次の約束は2週間後に迫っている。

さあ、どうするか。

 

勝算が無いわけではない。

1つ目の可能性。ここから2週間の間に、他の男性が彼女を即る。そうすれば雪崩式に「まあ、もう一人くらい良いか」という考えに沿って僕もセックスできるかもしれない。

2つ目の可能性。彼女と婚約者との間に、何かしらの亀裂が発生する。メンタルが崩壊している相手は、すがる先を探す。そこで「本音」に近い距離で彼女の相手が出来ている僕は、他の男性よりも優位に立てる。

3つ目の可能性。正攻法で口説く。「君が魅力的だ」という事を真正面から伝え、心を動かす。あまり小細工の効く相手ではなさそうなので、口説くとしたら正攻法が良い。しかし、これを行ってしまうと他の有象無象と同じレールに乗ってしまう上に、相手に主導権を渡す事になりかねない。

 

あと一歩を、どう埋めようか。

最後のアプローチの踏ん切りがつかないまま、日にちだけが過ぎていく。


 

デート当日。

色々と悩んで(疲れた)僕が出した結論はこれだ。

・とりえあず楽しむ
・極限までグダ崩しして自宅搬送を狙う
・ダメだったらストって別の女を探す

 

小手先でどうこうなる相手ではない。

経験値で言えば、彼女の方がずっと上だ。だから、こちらが楽しむ。肩の力を抜いて。圧倒的に他との差別化をする。

そしてこれは、彼女もそう望んでいると思った。

 

予算も(なんかどうでも良くなったので)久々に良い店を予約してあげた。

 

「結婚祝いだと思ってさ。」

 

そんな事を言いながらディナーを楽しむ。いつも通りの会話。

 

『君ってもしかしてさ。』

「ん?」

『変わり者って言われるよね。』

「・・・・誉め言葉として受け取らせて頂きます。」

『なんか、彼女とか必要なさそうだよね。』

 

当てってるような、当たってないような。

自分でも気が付いているような、気が付いていないような。

しかし、見透かすような言葉が刺さる。

 

何がともあれ、彼女のここ2週間でデートをした男性を聞いてみる。

 

『まず一人目が40代の経営者で…』

「ふむふむ」

『二人目が40代の経営者…』

「ふむふむ」

『三人目が、40代の経営者で…』

40代の経営者ばっかやんけ!?

 

どうやら、知り会いの主宰したタワマンパーティ経由で知り合った男性何人かと飲みにいってたとの事。

理由は「彼氏にバレなさそうだから」と、すごく堅実な回答だった。

 

ひとしきりのデートを終える。彼女もホロ酔いで、結構楽しそうだ。

店を出る。手を繋いでみる。

拒否はない。

イケるか…

 

「ちょっと、歩こうよ」

 

他の、何人もの女にも言ういつもの打診。

手を繋いだまま、ゆっくりと歩く。


 

結論から言うと負けた。

あっさりホウレンソウと玉ねぎと鮭フレークを使った和風パスタくらい、あっさりと負けた。

 

自宅の前で「今日は気分が乗らないから、またね!ここで解散で良いよ。」と言って去っていく彼女の後姿を見守る。

 

何故かそこまで悔しいという気持ちも無かった。

 

・・・・まあ、こんなもんだよね。

 

切り替える。

「・・・・よし、次行こう。」

 

最寄り駅まで歩く。華金の早い時間にして正解だ、まだ街は生きている。

すれ違いざまに、大学生風の女子に声を掛ける

 

「あ、お姉さん」

 

彼女がこちらを振り返る。

 

今、飲み足りないって目をしてませんでした?

 

さあ。

ゲームの始まりだ。


 

奇跡的に1声掛け目でゲット出来た女子大生と、一緒に夜を過ごした。

翌朝。いつもの喫茶店で女子大生と話す。

 

いつもの店員が「またコイツ…違う女連れてきやがって…」という呆れの目で見てくるが、もう慣れた。

ゲットした女子大生は、割と人懐っこい年下の子。地方から上京したて。ラッキーだ。

ひとしきり話し終え、喫茶店を出る。そのまま女子大生を駅まで送っていく。

 

帰り道。春の陽射しを受けながら、昨日の事を考える。

CAの彼女には結局刺さらなかったが、まあやれるだけの事はした。逃したキャビンアテンダントは大きいが、まあそういう日もあるだろう。またコリドーに来週から通えば良いだけの話だ。

 

ふとスマートフォンを見ると、CAの彼女から昨日のお礼のLineが来ていた。女子大生とイチャイチャしてたせいで、まったく気が付かなかった。

 

「・・・・まあこれ以上チョッカイ掛けても、もう結婚するだろうし。」

 

あれこれ考えても、挽回の手は思い浮かばない。

 

だから、そのメッセージを読まずに。

そのままそっと「非表示」のボタンを押す。

 

…負けの記憶は、どこかにしまっておこう。


 

それから季節は廻り。

人の記憶力は見事なもので、彼女とのLineを見えない場所にしまったとたん、もう顔も何を話したのかも思い出せなくなってしまった。というか、思い出す必要もなくなった。

 

僕らは刹那的な出会いを求め、街に出続けた。

何人も、何人も、何人も、声を掛ける。

破竹の勢いで連絡先の交換を続ける。

即を重ねる。

 

声掛けの密度が上がり、オープナーの鋭さが増し、会話の引き出しが増えた。毎日のストナンが楽しくなり、夢中で女の尻を追い続けた。

 

そんなある日。いつものようにストナンに出ていると。

ふと、ポケットの中のスマホが鳴る。着信だ。

誰からだろう。

 

表示された名前を確認する。

一瞬だけ「誰だっけ」となりつつも。

 

すぐ、CAの彼女の顔を思い出す。

「変わってるよね」と言われた記憶がフラッシュバックする。

 

・・・マジかよ。

 

慌てて電話を取る。

 

『あ、電話出た。』

「当たり前です。ずっと待ってました。」

『だったら私のメッセージに既読を付けなさい。』

 

・・・・そうだった。

いきなり盛大にウソがばれた。

 

『ねえ。今なにしてるの。』

 

彼女に聞かれる。

 

「丁度、飲み会が終わったところ。」

 

二度目の嘘をつく。

 

『ほんとか?笑』

 

さあ。ここでどう会話を運ぼうか。

電話を掛けてきたのは彼女だ。

仮に「飲みたい」のであれば。彼女から依頼をさせた方が、主導権が取れる。

電話口の彼女は。なんだかよく分からないけど、すこし声に抑揚が無かった。

 

・・・勝てる。

 

「どうした。失恋でもした?」

『いや、まあそんなのじゃないんだけどさ。』

「声に”失恋中”って書いてあるよ。」

『うるさいなあ。良かったら一杯飲まない?』

 

よし。これで主導権が取れる。

・・・勝てる。

 

「良いよ。宅のみでもいい?」

『・・・んー』

 

電話口で彼女が悩む。

しかし、僕の心は余裕で満たされていた。

仮に彼女が「家はダメ」と言ったら電話は切ろう。

そしたら。

街で別の相手を探せば良いだけの話だ。

以前の電話とは明らかに違う心境で、彼女の返事を待つ。

 

『・・・・わかった!じゃあ行くね』

 

・・・勝った

 


 

結局。

数カ月越しの「キャビンアテンダント即」は、訳の分からない展開で勝利を収めた。

・・・・まあこうも、あっさりと。

 

何が起きるか本当に分からない。

 

話を聞いてみると、彼との結婚が目前に迫ったタイミングで。

本当にこの人で良いのか“という疑問が噴出し。

お互いにイライラが募り。

 

「・・・それで喧嘩になりましたと。」

『子供みたいじゃない?』

「マリッジブルーというやつかね。よく分からない心境だなあ。」

 

彼女と夜を共にし。

翌朝、いつもの喫茶店で話す。熱いコーヒーが身に染みる。

 

店員は僕の事をゴミムシを見るような目で見てくるが、慣れた。

 

『・・・はあ、修復出来るかな。』

「修復したいから、鬱憤を吐き出すために、俺に会いに来たんじゃなくて?」

『そーかもね。』

 

やはり、彼女の掴みどころが分からない。

 

『他の男ってさ、”だったら俺と付き合おう!”とか言ってくるのよ。』

「ほう」

『でも、君からはその感じが全くしない。だから楽なんだよね。』

 

・・・痛い所を突かれる。

いや、けどこの信念のお陰で勝てたのか。

 

「誉め言葉として受け取ります。」

『・・・ご勝手に。』

 

笑いながらカフェオレを飲む彼女は、少し魅力的だった。


 

その後、彼女から連絡が来る事は二度と無かった。

 

ふと思い出してLineの表示アイコンを見ると。

 

広大な青い空とビーチを背にして、ウェディングドレスに身を包む彼女。

 

不思議と「悔しい」とか「羨ましい」といった気持ちは無かった。

 

その蒼い空を見ていると、こちらも爽快な気分になる。

 

・・・・まあ、こんなもんだよね。