この内容はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
2088:12:36
「当然のDM失礼します。ナンパ師を集めた大会を企画していて、参加者として是非お誘いしたいなと思って声をかけさせていただきました。こちらが概要になります。ぶしつけですがどうかよろしくお願いします」
▼ 概要
・参加者は界隈を牽引する凄腕11人
・運営は4名
・場所は某地方都市
・時間は19:00 – 27:00までの8時間
・即数 + 品質 + スピードで勝負
・1即あたり2点を加点
・最速の3名は各1点を加点
・品質上位7名に加点。1-3位は2点、3-7位は1点。
・審査員特別賞は各1を加点。
・ボイスレコーダ等で不正防止
・大会の様子をツイキャスで有料配信。売り上げは各自の交通費に充てる。
・・・・この時代にマジか。
これが、ナンパ大会の招待メールを受け取った時の最初の感想だった。当時界隈では「逮捕」や「リスク」というワードが出始めてきていた頃だった。
このkyoという男は本当に不躾な男だ。考える。参加すべきかどうか。万が一の可能性もある。常識のある人間であれば、間違いなくこのような危険な戦場に赴く事は無い。そして、大会の開催と日時を大々的に告知するのでかなり注目もされるだろう。そして大会の様子をキャスで配信というリスク。
しかし、3分後には「参加します」と返事を送っていた。
細かい事は後日考えれば良いさ。危険?良いじゃないか。人生、楽しもうよ。
2067:10:65
厳しい寒さが吹き付ける東北のアーケード街。酒を片手にフラつく僕と弟子。
「ナンパ大会に誘われてさ」
「え!?どう返答したんですか?」
「悩んだけど、とりあえず参加してみよっかなって」
「すごいですね。この時代にやるんですね。」
弟子のダニエルrejiに状況を報告しておく。ナンパ大会と言えば、当時のナンパ系男子の憧れの場所だ。ナンパ界隈の甲子園とでもいおうか。アングラで身の程知らずの狂人たちの宴。
「不正防止の為に、ボイスレコーダーで会話を全部録音するらしい」
「本気ですね…」
真面目に不真面目というか、なんというか。この厳密さは、ナンパ大会などという異端な儀式ではなく、現実の世界で活かすべきだ。
ただ、1即したら満足してしまうタイプの僕は、長時間+多即を狙うというスタイルに挑んだ事が無かった。対面での口説きよりも、文章でのやり取りの方が好きだった僕にとってあまり得意とは言えない分野。
まあ、まだ時間はある。ストナン歴も長い。ここから徐々に調整をすれば、優勝は射程圏内に入るだろう。
1608:08:10
大会まで、二カ月と迫り始める。参加者も全員オープンになった。初めての大会に、ワクワクしながら色々と戦略を練る。まだ開催までかなり期間があるにも関わらず、フライトの手配とホテルの手配を意気揚々に済ませる。
メンバーも中々の凄腕揃いだ。界隈も久々のナンパ大会の開催に、熱気であふれている。ツイートがTN1に対する期待で溢れる。また、今回の大会は参加者11人が大会の様子を全てキャスでリアルタイム配信し、観客はその視聴権を購入するという斬新さ故に、かなりの注目を集めていた。
狂信的なファン(にしのー)がオッズを付けてもいた。
その中で僕のオッズは・・・「5」。やれやれ、あんまり期待されていないようだ。コメントを見ると「業者のイメージが強いが」と辛辣な意見が書いてある。予想順位も中間程度。まあ、このくらいの方がプレッシャーも掛からずに気楽に出来るか。
大会に向けて「長時間稼働」と「短時間での仕上げ」という2軸で取り組んでいた。会話のテンプレ化、自信を持った打診、徹底したスクリーンング、体力作り、スト値上げ、ファッション強化・・・やるべき事は多いが、時期を逆算し淡々と仕上げにかかる。自分がメキメキと成長している実感が沸く。
僕は当時、東北の地に居た。時期は真冬。流石に長時間、ストをするには寒いし寂しい。なので、無関係な弟子を引き連れて真冬の東北に挑み続けた。正直、まだナンパを始めたばかりの弟子にはキツい苦行だったのですぐに離脱すると思っていた。
しかし、意外と粘り強い。ここで当の本人が弱音を吐くわけにはいかない。負けるものかと身体にムチをうち、あと2か月後に控えた大会に向けて弾丸即をシステム化し、焼き付ける。
勝てるぞ
良いじゃ無いか。誰にも期待されていないnote業者が、TN1で優勝をする。面白いじゃないか。
何の根拠もない自信が、僕を躍らせる。さあ、ゲームの始まりだ。
870:07:20
あと大会まで一カ月と迫っている。
調子は悪くない。しかし、徐々にプレッシャーが重くのしかかる。遠足の前に行きたくなくなる園児のような楽なものでは無く、圧倒的に注目されるこの場で結果を残せるかどうかに対するプレッシャーだ。
想像以上にキャスの視聴権も売れていた。ここまで多くの人間が僕のナンパをリアルタイムで聞くという事に、驚きと重圧を感じる。
無論、ナンパの実力を8時間の大会のみで測るのは無理だ。だから大会で結果を残せなかったとしても、堂々とすれば良い。そんな事は分かっている。頭ではわかっているのだが、「坊主を叩いたらどうしよう・・・・」といった不安に潰されそうになる。
その不安をかき消すように、僕は毎日、東北の地でナンパを繰り返した。その為に色々な物を切り捨てた。いや、結果として捨てられたと言った方が正しいか。キセクや彼女、友人との連絡も、少しずつユーモアが薄れていった。会社の集まりにも顔を出さなくなった。余裕の無い人間になった。僕の精神は、少しずつ、追い詰められていった。
意外とプレッシャーに弱い自分がそこにいた。満ち溢れていた自信が、徐々に削り取られていた。
ああ、台風かなんかで大会中止になんないかな。そんな事を思い始めていた。
175:37:11
大会を想定した8時間のストを、東北の地で決行した。結果は坊主。もう大会まであと1週間しか無いという、この状況での完敗。雨天という状況を加味してでも、断じて許されない結果となった。
弾丸即のノウハウも焼き付けて、トークの固定化もできて、フィールディングも問題なく、スト値も出来る全てを尽くした。しかしなぜ。
女の子から言われた言葉を振り返る。「お兄さん、どうしたの?笑」。どうもこうもない。なんとしても即らなければならない。
「余裕の無さが前面に出た」
これが原因なのか。しかし、気の持ちようでナンパの結果はここまで左右されるものなのか。普段のナンパでプレッシャーを感じた事は無かった。”何としても即らねば”などと思った事は無かった。坊主でも良い。負けても良い。そういうスタンスだった。
しかし、ここに来て「即」に対する焦燥のような渇望が沸いた。だから、いつもの平常心が維持できないのか。これがナンパ大会の恐ろしさなのか。泣いても笑っても、もうあと1週間しかない。
「ナンパ大会 不安 乗り越え方」
ああ、この世の中にはGoogle先生でさえ答えを持ち合わせていない問いが存在したのか。僕の悩みは、ネットの大海に飲み込まれて消える。
台風かなんかで、大会中止にならないかな。
36:13:01
飛行機で博多の地に降り立つ。結局台風は来なかった。雲一つなく澄み渡る青空の下、どんよりと曇った心持ちで僕は歩く。もうどうにでもなれ。
念には念を、という事で有給を取得し、前日に会場となる博多へ到着。街を練り歩きながら、イメージを固めつつ、肩慣らしに軽く声掛けをする。さあ、ゲームの始まりだ。反応はそこまで悪くない。
悪くない。
悪くない。
本当に悪くないのか?
不安が溢れる。この調子で勝てるのか。
「肩慣らし」なんて甘いスタイルじゃだめだ。不安に駆られるまま、本気のストナンを開始。街をひたすらローラーする。
声を掛ける。
声を掛ける。
声を掛ける。
反応はそこまで悪くない。しかし、連れ出せない。僕の心の奥底に潜んだ焦りを見透かすように、彼女達は「大丈夫です」と僕を拒絶する。何が大丈夫なものか。
結局、前夜祭は1即で終わった。
11:26:07
大会前の最後の食事。本当であれば軽く済ませるつもりだったが、何を思ったか僕は「いきなりステーキ」の店内でワイルドステーキに、たっぷりのニンニクをぶち込んでいた。もうどうにでもなれ。
Twitterを開く。独特の熱気が漂っている。かなり多くの書き込みがTN1に関するものだ。キャスの視聴権も、僕の予想の10倍くらい売れていた。この全員が観客として僕たちのナンパをリアルタイムで観戦すると思うと、死にたい。死体打ちか?いや、まだ始まってすらないか。
運営の心遣いなのか、大会開始の1時間前に「決起会」という名の飲み会をするらしい。有難迷惑も甚だしい。気が立っていて酒どころではない。しかし、断る理由らしい理由も見つからない。探す気力もない。
無理やり首輪をつけられて散歩をさせられる犬のような気持ちで、僕は支度を始めた。この遠足は行きたくないなあ。
09:10:24
大会開始まであと1時間と少し。決起会の集合場所に行く。
・・・・誰も居ない。いや時間は守れ!?
徐々に参加者が現れる。遅れて主宰のkyoが到着し、皆を店に引き連れる。一人ひとり挨拶を終えて、乾杯。美味しいビール・・・あ、ハイボールだった。もう酒の味とかよくわからない。「大会中に起きたトラブルは全て自己責任で」という同意書に、参加者全員がサインをさせられる。その様子はまるで地獄行きの片道切符に、ウキウキの意気揚々でサインをする狂人集団だ。
広島からきたSafariが、もみじ饅頭をくれた。美味しいカスタード味・・・あ、こしあんなのね。ゴメン、もう味とか分からネェんだ。大会常連の岩クマーさんはかなり余裕に見える。
bee、コピケイも緊張感がゼロどころか、もう既に一杯飲んできたようだ。beeはアイコンとイメージ違い過ぎ…しかしどんなメンタルをしているんだ・・・・これが真性の陽キャなのか(残念だが、この後コピケイは盛大な坊主を叩く事になる)。
ベジは持参予定のギターがフライドの荷物として認められず、急遽東京から新幹線でやってきたらしい。ワイルド過ぎる。ナンパにギターを用いるというのも、斬新で面白い。どう使うのか。
事前に挨拶を済ませていた好青年、とある。彼も中々に緊張がうかがえた。他の参加者にもそれぞれ、顔色に緊張がうかがえる。
何を話すべきかよくわからないまま、絶妙に重苦しい空気のまま、良く分からない飲み会が進む。時が流れる。時計を見ると、大会の開始が迫っていた。主催のkyoだけは、皆が緊張するその様子を見ながらニヤニヤしていた。死刑執行人の気分なのか?良く分からないけど、なぜか彼を殴りたくなる。
運営に指示されるまま、僕たちはゾロゾロと店を後にする。外にでる。
主宰のkyoが言う。「じゃあ、”スタート”の合図で大会開始です。」この辺りのやり取りで確か一悶着あったのだが、もう記憶に残っていない。
皆の顔を見る。確かに、全員緊張している。しかし、その目には確かに、期待と興奮が混じった、躍動に溢れる瞳の色をしていた。
沈黙が流れる。この数カ月の事を思い出す。
三カ月前、「ナンパ大会に出ませんか」と誘われた時の、高揚感
二カ月前、自分の弾丸即が完成に近づいている時の、期待感
一カ月前、徐々に押し寄せるプレッシャーに潰されそうになった時の、焦燥感
一週間前、大会を想定した練習で坊主を叩いた時の、絶望感
一日前、肩慣らしのつもりが全力で挑んだ時の、躍動感
一時間前、これから戦うライバルと顔を合わせた時の…
ああ、なるほど。
この鮮やかな思い出の全てが、”面白い”んだなと。挑む対象なんて何でも良かったのか。ただそれが、ナンパ大会という狂人の集いであっただけ。この形容できない充実感こそが愉悦の極み…分かったような、分からないような。そんな中途半端な理解で、ボーっと考える。
参加者が全員、路上に集う。ここからどんなドラマが生まれるのであろうか。
08:00:00
「スタート!!!」
過去最大規模に注目された、ナンパ大会TN1。
その、8時間にわたる、壮絶な戦いの火蓋が、切って落とされた。
さあ、ゲームの始まりだ。