ギムレット

新しい朝の陽射しが、わずかに開いたカーテンの隙間から差し込む。

強めに設定したエアコンの音だけが、室内に響いている。

白い肌を晒しながら眠る。

彼女の横顔を見ながら。

ながい、ながい、一日を振り返る。

 


 

猛暑が続くある日。僕は、夏休みを利用して秋田を訪れていた。目的はナンパ。「行った事が無いから」「秋田美人がいるかも」「涼しそうじゃん?」という単純な理由だった。

 

現地に到着する。時刻は昼過ぎ、ナンパをするには早いなと思いながら、適当に腹ごしらえをする為に、評判の良さそうなうどん店に入る。

すると、妙な既視感を覚える。間違いなく、初めて来たはずの土地だ。なのに、このメニューや店名に聞き覚えがある。

気になってスマホを取り出し、店名を打ち込む。

 

ああ、思い出した。

僕はこの店の、銀座店に行った事がある。その時となりに居た女性は・・・・

僕が最後に愛した女性。俗に言う「元カノ」だ。

2人でお台場に遊びに行った帰り道、ここの銀座店に入った。そうか、あの時足を運んだ店の総本山が、ここにあったのかーーー

 

ふと気になり、カメラロールを目一杯に回して、その時の写真を漁る。ショートヘアーと笑顔が可愛らしい彼女を見て、ふざけあった時間を思い出す。

「・・・懐かしいな。」

何とも言えない歯がゆい気持ちに浸りながら、うどんをすする。

思えば、彼女と別れてから。「こんなところに居るはずもない」と、頭では理解しながらも。どっかに君の姿を探していたのかもな。

 


 

夕方と夜のはざまの時間。まだ少しだけ夕日の赤色が残る街に足を運ぶ。場所は駅前。

 

さあ、ゲームの始まりだ。

 

いつも通りの声掛けを続ける。セオリー通りの、固定化した動作と声掛け。

 

すると、駅側から繁華街に歩いていく美女2人組を見つける。

しかし、女性2人に対してこちら側一人で挑むのは無謀だ。

 

さて、どうするか。

一瞬だけ悩んだが、せっかくの遠征なので自分の感情に従う事にした。

セオリーを無視して女性2人に対して挑む。

 

テンションの高い2人に合わせ、こちらも軽めの口調にチューニングする。会話も2人に対し均等に振る。

途中、何度か「ビタ止め」のモーションを刺したが。しかし、止まらない。どうやら既に店を予約してあるらしい。

粘りに粘って、なんとか片方の連絡先を手に入れる事に成功。

 

「セオリー無視は慣れない・・・」

そう思い、気が付くと、駅からかなりの距離を歩いていた。繁華街のかなり奥まで歩いてきてしまったようだ。

 

さて、ここからどうしようか。

一旦駅に戻ろうか。

それともこのまま繁華街に残って声掛けを継続しようか。

そんな事を考えていると、視界の端に女性の姿を捉える。

 

どこかで見かけたような後ろ姿に既視感を覚えながらも、反射的に接近して声を掛ける。

 

「お姉さん、ご帰宅中ですか。」

「あ、いや・・・」

 

彼女がすこし困ったような反応をしながらこちらに視線を向ける。

 

「けど、まだ飲み足りないって顔をしてますよ」

 

そう言って彼女の顔を見る。

息を飲む。

 

その顔は、僕が最後に愛した人に。限りなく”同一”だった。

 

今まで数多くの女性を見てきた。どんな容姿の女性であろうと、一度たりとも動揺する事などは無かった。

これは、奇跡なのか。それとも、悪戯か。

 

思考停止しそうになる脳。

 

これは本人ではない。すぐに切り替えて、平常を装う。いつも通りのトーンで続ける。

 

「今日は何してたの。」

「本当は今日飲み会だったんですけど…友達から連絡無くて。」

「災難だね。だからそんな”お酒飲みたい”って目をして徘徊してたのか。」

「そんな目してました?笑 まあそういう友達なので、仕方ないです。」

 

そういって微笑む彼女。その頬も、やはり似ている。

 

「じゃあ良かったら、代わりに俺と飲もう。代打俺で。」

「ええー・・・」

「分かった、じゃあこうしよう。」

 

落ち着け。

落ち着け。

いつも通り、いつも通りの打診だ。

 

「30分だけでいいから。友達から連絡あったら解散で良いので、奢るし。」

相手が”Yes”と言いやすくするために先ずはハードルを下げる。いつも通りのドア・インザフェイスの手法を用いる。

 

「うーん・・・じゃあ、、、30分だけですよ。」

 

この30分が、もっと続けばなあ。

そんな事を思いながら、2人で歩き始める。


 

落ち着いた照明と、静かな音楽が流れる店内。旅先の店にしてはオシャレだ。

カーキ色のソファに腰掛けながら、ハイボールを片手に僕たちは話を続ける。

 

仕事と趣味の話を聞く。

どこにでもいる、普通の子だ。

 

「昔付き合ってた人に似てるんだよね」

そんな事をつい伝えてしまいそうになる。

しかし、まだ相手の警戒心が高い状態でする話ではない。彼女からしても、知らぬ誰かの、見知らぬ想い人を重ねられても困惑するだけだ。そう思いなおし、口から出そうになったコトバを飲み込む。

 

いつも通りのトークをする。相手の情報を探りながら、警戒心を下げる為に自己開示を行う。

15分程度が経過。彼女が2杯目のハイボールを頼む。

そろそろ話題を変更する時間か。

 

「恋人は居るの?」

 

彼女が2杯目のハイボールを口に付けた辺りで、恋愛系の話を差し込んでみる。

 

「ううん、今はいない。けど好きな人はいるよ!!・・・けどこの話、男性にしたの初めてかも。」

知らぬ誰かの、見知らぬ想い人に嫉妬しそうになる。

そんな言葉を飲み込みながら、恋愛の話をする。懐かしいような、不思議な感じ。

 

僕は、いつまで経っても女性と話すのが苦手だ。

ただ、今日は違う気がした。いつもと違い、話しているのが楽しい。もっと一緒に居たい。そんな事をふと思い。

 

僕たちは、お酒を飲むのも忘れて、ケラケラ笑いながら、夢中になって話をした。


 

ふと気が付いて時計を見る。

既に一時間が経過しようとしていた。

経過時間を忘れてしまうなんて失態だ。こんな事は滅多に無い。

どうも今日はセオリー通りに事が運ばない。

 

「もっと一緒に居たいな」という想いを振り切って、一旦外に出ようと提案する。

 

外に出て手を繋いでみる。ノーグダ。

二軒目を期待しながら一緒に歩く彼女。

その期待を裏切ってホテル打診をするべきか、どうか。そう考えながらも、手を繋ぎながら、身体はホテルの方向を目指す。

 

すると。

ふと、外観からもオシャレさが伝わるバーが見えた。

彼女がチラっとそのバーを見る。その目は「行ったみたいな」と明らかに伝えていた。

 

・・・・さて、どうしようか。

 

「良かったら二軒目、ここに行こうか。」

「え!?こんなオシャレな店入るんですか!?」

 

気が付くと、そんな事を口走っていた。嬉しそうな彼女を見ていると、こちらも何か、嬉しい。

まあ、たまにはこういうのも、良いか。

 

重厚なドアをゆっくりと開けて店内に入る。鮮やかにしてレトロな装飾が美しい。一瞬にして、非日常的な空間にいざなわれる。

 

「飲みたいカクテル、ある?」

「こういうお店来るから良く分からない…」

「じゃあ、サイドカーとギムレットを頼んで口に合う方を飲みなよ。俺は、余りを貰うよ。」

 

オーダーを店員に告げる。

ギムレットは僕のお気に入りカクテルだ。バーに連れ出した時は、いつもこれを飲む。(お酒弱いけど)

そして、恐らく柑橘系で飲みやすいサイドカーを彼女は飲むだろう。

そんな事を思いながら、カクテルが運ばれてくる。

 

「うーん、、あ、ギムレットの方が好き!」

予想を裏切られる。ギムレットが飲みたかった・・・とは告げず、サイドカーに口を付ける。

彼女の横顔を見る。美味しそうにギムレットを飲むその姿は、今日初めて見た光景とは思えなかった。

 


 

1時間ほどが経過しただろうか。彼女はギムレットが気に入ったのか、その後も追加で飲んでいた。

L字型のソファで、僕の型に寄り添うようにしながらお酒を飲む彼女。

そろそろ良い頃合いだろう。店員に会計を告げる。

 

「・・・・もしかしてこれ飲みたかった?一口あげるね。」

察しが良い。最後に残ったギムレットに口を付ける。やはりこの味が好きだ。

 

店を出て、そのままホテルに向かう。

「今から、もしかしてホテル向かってる?」

「・・・そうだよ」

「ホテルは行かない」

 

まさかの、ホテルグダ。バーでの距離感、手繋ぎのノーグダを見ている限り、問題ないと思っていたが。。。

動揺を悟られないようにしながら、一旦コンビニで酒を買って、川辺で夕涼みをしながら二人で話す。

会話の流れで、なぜホテルに行かないのかに軽く触れてみる。

 

「あなたの事は嫌いじゃない。ただ・・・ホテルには行きたくない。」

 

本心なのかは分からない。ただ、彼女が下した結論は”ホテルには行かない”という拒否だった。

もう一度距離を詰める為に、川辺を散歩しながら色々と話す。なかなか主導権が奪えない。セオリー通りに展開が進まない。

やはり、こういった戦いは苦手だ。時間が経てば経つほど、理論武装が剥がれて「非モテ」の部分が露呈してしまう。自分を、偽れない。

 

もう、ここは損切りをするべきなのか。

そんな事を考えていると、彼女が「お腹すいた。オススメの店あるから、行かない?」と言う。ワガママな性格が尚更愛しくさせるのも。その笑顔も、仕草も。やっぱり、元カノにそっくりだ。

 

頭では、放流して次に行くべきだと分かっている。

一方で心はまだ、彼女と一緒に居たいと願っている。

さて、どちらに従おうか。いつもの僕であれば確実に”Next One”のマインドに従って放流しているのだが。

 

「・・・分かった、行こうか。オススメの店、教えてよ。」

そういえば意見が食い違う時、いつも僕が先に折れたなあ。

そう思いながら僕は彼女の要求を承認する。もう一度和みなおして、もう一度打診をして、そのチャンスに賭けよう。”One more time, One more chance”だ。

 

・・・しかし本当に今日は、本当にセオリー通りに物事が運ばない。

 


 

「ついた、ここ!」

到着したのは、ボッタクリバーでは無く。

なんと、ラーメン屋だった。意味が分からない。

 

「ここの焼肉定食が美味しくて」

・・・やっぱり意味が分からない。なぜここで焼肉。これを無邪気というのか。しかし何故か、可愛らしいなと思ってしまった。

店内に入る。想像以上にボロい。緊張がほぐれ、そのまま無警戒に話を続ける。

 

ふと、店内のBGMが耳に入る。

“もっと違う設定で もっと違う関係で 出逢える世界線 選べたらよかった”

そんな可能性も、あったのだろうか。いつも耳にする、なんでもない歌詞が、妙に深く感じる。

 

謎のラーメン屋で時を過ごし、店を後にする。

彼女から、「ホテルにまで送っていくよ」と切り出される。

 

これが正真正銘、最後のチャンスになるだろう。

 

今まで散々「ホテルには行かない」と断られておいて。どのような手段でアプロ―チをするべきかのか、明け方の川反で頭を悩ませる。思えば、僕は恋人と別れてから。心のどこかで、君の姿を探していたのかもしれない。完全に、ただの非モテのオジサンだ。

 

もう今日を逃したら、会う事も無いんだろうなと。

一期一会という単語が、重くのしかかる。

 

「ちょっとだけ、話を聞いてほしいんだ。」

彼女が歩みを止める。こちらをみる。

 

「今日を逃したら、本当に僕たちは、二度と会わないと思う。だから、今日は朝まで一緒に居て欲しいんだ。」

 

彼女が、すこし困った表情をする。

その返答はーーー・・・

 

 


 

新しい朝の陽射しが、わずかに開いたカーテンの隙間から差し込む。

強めに設定したエアコンの音だけが室内に響いている。

白い肌を晒しながら眠る彼女の横顔を見ながら。

 

ああ。そうか。

あの後、彼女は。僕の打診を拒絶した。

僕は、負けた。そこで彼女とは、解散した。

 

その後。4時間半に及ぶ戦いの末に負けた僕は、突き動かされるように街に出た。

僕は恐ろしいほど冷酷に、淡々と、機械のように声を掛け続けた。

そして、アイドル系の若い女子と目が合う。物腰の柔らかさから伝わる、優しい女子。即系をロックオンする。

 

路上トークで情報をコールドリーディングし、「最近失恋したでしょ」と決めつけを当てる。

そのまま手繋ぎ。ノーグダ。

「どこに向かっているの」の形式グダを、いつも通りの崩しで流し。

終始主導権を握り続け、そのままホテル下のコンビニへ入店。

 

ほろ酔いで良いよね。

明日は何時に起こせば良い?

いつも通りの機械的なダブルバインドを挟み、彼女が思考するタイミングを奪取する。

 

ホテルに入って、ノータイムでギラつき。

「こんな事、今まで初めて」と照れる彼女に対して。

ここまでの即系が放置されているとは、秋田はヌルいなという冷酷な感想しか沸いてこない。

 

そのままノーグダで即。

目が合った瞬間から、セックスに至るまで。完全に思い描いた導線に沿った、セオリー通りの即。

 

しかしどうしてか。空虚な気持ちが拭えない。

笑顔を張り付けたまま、彼女を駅まで送り届ける。

 

そして支度を済ませ、僕は東京へ向かう新幹線に乗った。

 

 


 

新幹線からの田舎風景を見ながら、考える。

 

冷静に思い返せば、ダメダメな立ち振る舞いだった。無駄にデートを長くしてしまったり、嫌われるのを恐れて踏み込んだ打診が出来なかったり、主導権の奪還を躊躇して相手のペースにさせたり。

最後のホテル打診も、相手の気持ちを一切無視した、ただの自分の本心だ。振り返ってみると、反省点しかない、最低のナンパだった。いつもの調子だったら、即れてたかもしれない。

 

そんな、どうしようも無い事を考えている間にも、僕は時速320キロの速度で彼女から離れていく。

遠く、遠くなる距離。

長い、長い別れの始まり。

 

ただ。

僕はこの夜を。この負けを。忘れないと思う。

あの時。彼女に貰った、一口のギムレットの味。

甘くほろ苦いそのカクテルを飲むたびに。

僕は、彼女の事を思い出すのだろうか?

 

 

ふと気になって「ギムレット カクテル言葉」と検索してみる。

 

「・・・・・なるほどね。」

 

どうやら僕はしばらく、このカクテルを飲むたびに。

彼女の事を思い出しそうだ。

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