あらすじ
ナンパの事が大好きで、ナンパの事を考えているとついつい他の事を忘れてしまう狂人、のんちゃま。しかし仕事終わり&風呂上り&無精髭の浅黒く痩せた彼は、おぞましいゴボウのような物体になってしまった。
そんな彼がコンビニでビールを買って歩いていると、目の前にアナウンサー系の美女が!!!ついついナンパ師のスイッチが入ってしまった彼は、自分がゴボウである事を完全に忘れてついウッカリ声掛けをしてしまう。
しかしなぜかオープンする彼女。奇跡的に美女を連れ出せたゴボウ。
彼女はなぜゴボウについてきたのか。ゴボウはこのスト値の壁を乗り越える事が出来るのか。
(前編はこちら)
「私、初めてなんです。」
俯き、美しい手先で机の上に置かれたリゾットを取り分けながら、彼女は言う。
「こうやって、ナンパされた男の人に付いてきたの、始めてなんです。」
なるほど。
聞くところによると、東京に住み始めて3年になる彼女は今まで多くのナンパをされてきたようだ
確かに、儚さと美しさを兼ね備えた彼女の美貌ならば「毎日ナンパされ続けて困ってる」と言われても「確かに」と頷いてしまう。高身長の超えるイケメンから、白金に住む金持ちまで。今まで数多くの男が彼女に声をかけ、そして敗れ去った。
しかし、あろうことか。
チープなイタリアン・レストランのガラスに映る僕達の姿を見ながら、思う。
彼女を始めてナンパで連れ出したのは。
高身長イケメンでも無ければ。
金持ちでも無ければ。
風呂上りで、上下エアリズムのクソダサい恰好をした、無精髭の目立つ30代の僕だったとは。
店員が気になる様子でこちらを見てくる。そりゃそうだ。パパ活のパパだって、もう少しまともな恰好をしている。そもそもエアリズムで出歩くメンズがすでにやばいのに、なぜか傍らに美女がいれば尚更だろう。
取り敢えず店員を一瞬睨みつける。特に意味は無いが、何となく威嚇しておいた。
「今日はもう帰宅するところだったの?」
「はい、バイト終わりで。」
「そうなんだ。じゃあ、本当にコンビニで金麦でも買って帰るところだったんだね。」
「いや、家で彼氏が待ってるので。コンビニ弁当でも買ってあげようかなと思ってたところでした。」
・・・・ん?
胸の中によぎった疑問を、ストレートに彼女にぶつける。
「ちなみになんだけど。」
「はい。」
「良くナンパはされるんだよね。」
「はい。」
「けど、今まで怖くてナンパについていった事は一回もありません、と。」
「そうですね。」
「で、今日は初めてナンパについてきました、と。」
「ですです。」
「・・・・なんで、俺みたいな、おぞましいゴボウのような外見の30代に、なんでついて来ようと思ったの」
「ハイレベ」と呼ばれる、多くの男から言い寄られる女性の価値観は独特だ。男性に対する困りごとが無いが故に、発想がかなり自由。この子もそういった系統なのだろう。
それであれば、逆に彼女の価値観が気になる。なぜイケメンではなく、俺のようなゴボウに付いてきたのか。その意図を、解き明かしてみたいという好奇心に駆られる。
「えっと・・・」
彼女が考えながら、話始める。
「飲み足りなくて死にそうって言ってたじゃないですか。」
「うん」
「本当に死ぬのはかわいそうだなと思って・・・・」
「はいっ!?」
「他の声かけてくる人は良く、”綺麗だから声かけてしまった”とか”一杯飲みたい気分で”って声かけてくるんですけど、なんか下心が見えるというか。けど、オジサンはその恰好で”飲み足りなくて死にそう”って言っているから、本当に飲み足りてないんだろうなって思って。」
なんという事だろうか。
スト値上げの意義を、根底から覆されたような気になってしまう。
けど、少し考える。
確かに、バシっと決めたイケメンに「飲み足りてないんだよね」と言われると、まあ確かにいかにもナンパ感があるだろう。しかし、こんなオッサンが「飲み足りてない」と言えば、「あ、このオッサン飲み足りてないんだな」と思うだろう。
いや、にしても仮に僕が女性側の立場だったとして、、、やっぱイケメンと飲みたいと思うのだが。うん、やっぱりハイレベの考える事はよくわからん。
もしかして・・・この子はブス専なのか。
「良かったら、彼氏の写真見せてよ。」
「えー笑」
「いやいや、こんな小汚いオッサンにみせても問題ないでしょ?」
「たしかに!」
「はいっ!?」
写真を見る。うん、爽やか系のイケメンですね。最近流行りの塩顔男子ですか。しかも若い。
わけが分からないよ。
もし仮に「このオッサン下心無さそうだし」と思って着いてきたのであれば、打診したら破綻してしまう。
さて、どうするべきか。一杯お酒を飲んでスケベな気分になるのを祈るか。いや無理だろ。
もういい、楽しもう。
それから、彼女とは恋愛系の話を中心に盛り上がった。
「意外と恋愛経験豊富ですね!」
もう、失礼とか通り越して心地よい。
そして最初に伝えた30分が経過した。そのタイミングでお会計を貰う。
「意外と紳士ですね!」
このギャップでさせたりしないかなと、低い可能性で飛行している奇跡に思いを馳せる。
会計を終えて、静まり返った街に再度降り立つ。平日な上に終電も終わっているので、路上にはほとんど人が居ない。静まり返った東京の街の街頭の下で、僕たちは歩き出す。
とりあえず、ダメ元で頑張ろう。そう言い聞かせて、彼女の左手を、僕の右手でそっと握ってみる。拒否は無い。期待に躍る気持ちを見透かされないよう、冷静に歩く。
彼女がどこに向かっているか聞いてきたが、適当に散歩だと流しながら雑談をする。
いままで、彼氏以外の男性とキスをした事があるかをストレートに聞いてみる。少し間を置いて、彼女は「無いです」と言う。
今彼女は、何を考えているのだろうか。確率を1%でも上げる為に、飲みの場で「遊ぶなら若いうち」だとか「周りも遊んでいる」といった事前の刷り込みは済ませておいた。打診をしない理由はない。
「ちょっと、コンビニに寄っていい?」
一旦コンビニによる。彼女に「オススメのお酒はない?」と聞く。そのお酒を買う。
そのまま夜道を歩く。静かな住宅街に、僕たちの足音と、遠くから聞こえるタクシーのエンジン音だけが鳴る。
僕の家の前に着く。
「良かったら」
ゆっくりと言う
「このお酒、俺の家で飲んでいかない?」
彼女が悩む。一押しだけする。「・・・30分だけですよ?」その発言の真意は問わず、僕の家に入る。
家の中に入る。彼女がさり気なく、僕の家のドアのカギをしめる音が聞こえた。「・・・勝った。」胸の中でそうつぶやく。そのままソファで彼女の柔らかい腰に手を回し、僕は甘美な勝利に身を任せ・・・・・
・・・・なんてことは、まるでない。
家打診をしたところ、アッサリ負けた。
ほうれん草とベーコンのアッサリ和風パスタくらい、アッサリと負けた。
悔しさと「ですよね」といった気持ちが入り混じって心がズタズタになった結果、訳の分からない妄想をしながらアホみたいにヌルくなったビールを飲んでいる、おぞましいゴボウが部屋に佇んでいた。
しかし、劇的に可愛い美女と1,500円で30分、1杯飲んで楽しくオシャベリ出来たのは事実だ。何かよくわからないけど、負けた気にはなれない。
仮にバシっときめたスーツで声を掛けたとしたら、彼女を連れ出せただろうか。30分、楽しく過ごす事が出来たのだろうか。おそらく無理だっただろう。
だからどう、という事は無い。
ナンパはあてのない待ち合わせ、と某凄腕は言っていた。答えは無い。
行く先も、何が正解かも分からない。
ただ、このヌイいビールの味は嫌いになれない。