雪辱|この出会いは悲劇なのか、喜劇なのかーー賛否両論ナンパ小説

しんしんと、純白の雪が窓の外に降り続く。

ホテルの窓から見下ろすその景色。ギラギラとしたネオンと、その白いコントラストが美しく調和する。

 

「寂しいクリスマス・イブだな」

 

その呟きは、誰にも届かずに。窓の外の雪のように、虚空に消えてゆく。

ーーまさか、こんな日にストリートナンパをする事になるとは、思わなかった。

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せつじょく【雪辱】

恥をそそぐこと。
特に、勝負などに負けて受けた恥を、次に勝つことによってそそぐこと。
「 -戦」 「 -を果たす」 「次の試合で-を期す」
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慣れ親しんだ東京を離れ、北の都市での生活を始めてからもう半年が経過していた。

あっという間の半年間。あと数カ月もすれば、東京に帰れる。

地方のナンパは非常に楽しい。

オープン率が高く、女の子が純粋だ。東京と違って擦れていない。ナンパをするのには最高の好条件であるこの街を離れるのは、それはそれで少し名残惜しい。

 

しかし東京にいる恋人の事を思い出す。

ストリートナンパをキッカケに知り合った、最高の女性だ。声を掛けて、初めて食事にいったその夜。彼女を手に入れたいと心の底から思った。

そして、その願いは実現した。

 

「今までナンパをしていてよかった」

「ナンパで人生は変わるんだ」

 

そう歓喜した最高の瞬間が、つい昨日のように感じる。

もともと僕は恋愛が苦手で、女性を信じる事に抵抗を感じていた。愛する人間の存在は、その氷柱のように尖った心を、ゆっくりと溶かしてくれていた。

Lineに写る恋人のアイコンやアルバムに上がっている写真を眺めながら、愛する女性に思いを馳せる。離れていても、幸せを感じていた。

 

少し不安な気持ちも、あるが。

 

ふとホテルの窓から外を見ると、雪が降っている。今日はクリスマス・イブだ。

多くの恋人たちが外を歩いている。流石に僕もこの「恋人の日」にストリートナンパをするつもりは無い。

 

クリスマスくらいは、恋人と過ごしたい。そう思っていたし、実際にそれを告げた。

しかし、その申し出は断られてしまった。

 

「色々と調整したんだけど、やっぱり家族と過ごす事になったんだ。ごめん。」

 

クリスマスに家族と過ごす。果たしてそれは真実の理由なのか。

少しだけ胸のざわつきを感じながらも、その言葉を僕は信じる事にした。

何にしても、離れたこの地でナンパをしている僕に、彼女を責める権利は無いのだから。

 


恋人から申し出を断られてから、色々と面白い事もあった。

 

弟子を二人育成する事になったり。

会社の飲み会で、店員が既セクだったり。

2年ぶりほどの開催となる、過去最大のナンパ大会に招集を受けたり。

 

その全ては確かに激動だったのだが、やはり恋人の様子が気にかかり、気持ちは上の空だった。

ナンパ大会の参加に関しては、このご時世なのでリスクを加味し、参加を見送ろうかとも思った。しかし、勢いで「即OK」してしまった。

…まあ、最悪仕事を理由に断ればいいか。そんな無責任な事を考えているクリスマス・イブだった。

 

ホテルから見下ろす街は、赤と緑に彩られたイルミネーションがまぶしかった。本当であれば、この綺麗な景色を愛する人と見たかった。

そんな事に思いを馳せていると、時刻は21時を回っていた。

 

「夜に電話でもしようか」

 

特に時刻も決まっていない電話の約束。時間つぶしの為に飲み始めたI.Wハーパー・ウィスキーが、時間と共に減っていく。

 

ふと窓の外から見下ろすと、信号待ちの一組の男女が目に留まる。二人とも嬉しそうに、腕を絡ませている。

男性の方は僕と同世代のように見えるが、顔つきや服装は「真面目」そのものだった。見た目はお世辞にも良いとは言えない。

女性の方は、彼氏よりも明らかに美しい。冬の厚着でも分かる妖艶なボディラインに、少しだけ幼さの残る顔のギャップが素晴らしい。

なぜこの男性が選ばれたのだろうか。

僕の方が遥かに良い性行為を提供できるかもしれない。

その彼女は、果たして君だけを愛しているのだろうか。どこかで別の男にナンパされたとき、それを間違いなく断り切れるのか。

僕ならその彼女を口説切れるだろうか。

 

そんな事を考えながら。

しかしそれは、自分にも全く同じ事が問いかけられている事に気が付く。どこか別の男性が、今彼女と食事をしている可能性も捨てきれない。

寂しさと嫉妬を忘れ去りたくなり、ウィスキーの杯を傾ける。胃の中に熱いアルコールが流し込まれる。

 


いつまで待っただろうか。

 

時刻は22時を回る。未だにスマホは沈黙を守ったままだ。

虚しさと手持無沙汰、そして連絡がこない事に対する不安が胸に溢れてくる。

自分は好き放題ナンパしてるくせに、相手に対して純粋を求めている僕は傍からみたら完全に狂人だろう。

 

しかし、そんな狂人でも「寂しい」と、純粋にそう思った。

 

そして。

僕はこの寂しさを埋める手段を。

欲望を叶える手段を。

たった一つしか知らない。

この悔しい気持ちを。この雪辱を、晴らすには。

 

「街に出よう」

 

1ミリのシワも許さないスーツを羽織る。

磨き上げた靴を履く。

香水をくぐる。

 

エレベータを降りながら、備え付けてあった全身鏡の前で、自分の目を真っ直ぐに見据える。

その目に灯っている感情は、怒りなのか。嫉妬なのか。自分でもよく分からない。

ーーさあ、ゲームの始まりだ。

 


雪の降る街に降り立つ。寒さで少しだけ酔いが醒める。

 

クリスマス・イブに、僕は一体何をしているのだろうか。答えの無い問いを自分に投げかけ、屋根付きのアーケードを進む。

まだターゲットはそこそこ居る。しかし足早に数人に声を掛けてみるが、イマイチ反応が悪い。

 

気が付くとキャバクラの客引きですら、一人で歩いている僕には声すら掛けてこない。

コンビニのガラスに映る自分の表情を見ると、鋭い眼光が、さらに鋭くギラついていた。こんな表情じゃ、女の子に警戒されてしまう。

深呼吸をする。

 

笑顔だ。笑え。

 

自分の感情とかけ離れた表情を、顔の皮膚と筋肉で演じる。

 

すると

明るい髪色のショートヘアーと、ロングのコートが目に入る。

荒んでいる僕の心を無視して。身体中の細胞が、戦闘モードに切り替えられていく。

距離、15メートル。前方に見える彼女を、早足で追う。

距離、2メートル。追い越しつつ彼女に並走する。横目で表情を確認する。可愛らしい。綺麗な目と、美しく白い肌が特徴的だった。

70センチメートル程距離をとる。歩く速度を速め、彼女の前方30度の角度に出る。

彼女の少し俯いている目線を確認し、その先に腕を軽く差し出す。

急に現れた腕に彼女が少し驚いた表情をして、視線を僕に向ける。視線が交差すると同時に口を開く。

 

お姉さん、ご帰宅中ですか。

 

何度も何度も繰り返した、決まりきった動作と声掛け。無意識レベルで再現出来るようになった無駄のない動きで、彼女の注意を引く。

 

「えっ」

 

彼女が焦ったように視線を外してくる。どうやら、少々内気な性格のようだ。

「帰宅中ですけど..」

少し困った表情で彼女が返す。

ナンパに慣れていない女子の典型的な返しだ。無視という最強のナンパ防御壁を知らない。

「でもちょっと飲み足り無さそうな目をしてません?」

いつものオープナーを差し込みながら考える。

 

さあ、どう攻略しようか。

 

この瞬間、このやり取りが、焦る気持ちを、全て忘れさせてくれる。

「いや、まあ今日は結構飲んだので…」

彼女が答える。このタイミングで質問攻めにして警戒心を上げるのは愚策だ。ここは、なぜ声を掛けたのかの理由を一方的に話す事にする。

 

友達と飲んでいたが、家庭を理由に先に帰宅された事にしようか。

会社の送別会だったが、予想外に誰も二次会に来てくれなかった事にしようか。

後輩と飲んでいたが、あまりにも彼が泥酔してしまったので、あまり自分が飲めず、ようやくタクシーに乗せた事にしようか。

 

今まで幾度となく使用したストーリーの、どれを今日は使用しようか。

 

「ちょっと聞いて欲しいんだけどさ」

ゆっくりとストーリーを話し始める。

 

「さっきまでクリスマスイブに恋人居ない友達と、男同士二人で飲んでて。で、まあクリスマスに男だけで飲むのは寂しいって話になったんだよね。」

 

彼女の目を見る。僕の話をしっかりと聞いているようだ。

 

「それで二件目は相席屋行ってみたんだけど、男しか居なくて。仕方ないから店出て解散したんだよね。けど一人で帰っている最中に、やっぱ可愛い子と飲みたいなと思って、つい酔った勢いで話しかけてしまった。笑」

「なるほどですね。笑」

 

彼女が笑う。少しだけ酔っているようだ。

 

「お姉さんこそ、今日はクリスマスイブなのにもう帰宅中なんですね、今日は何をしてたんですか。」

話を聞いてみると、どうやら女子会帰りらしい。

若くして就職をした彼女達には恋人を作る時間も機会も無いのかもしれない。多少立ち話を続け若干警戒心が薄くなったが、依然彼女の表情は固い。

 

「ちなみに、終電の時間は何時なの。」

「えーっと、23:30くらいです。」

 

時計を見ると時刻は22:30を告げている。

 

「じゃあ、今から30分だけどう?一杯だけ。奢るから。」

「えー、どうしょう、、、いや、けどもう遅いし、、」

 

さり気なくタメ口に変えつつ、いつも通りの打診をぶつけてみる。明確な拒否では無い事に手ごたえを感じる。

周りを見渡し、現状を打破するキッカケを探る。ふと見ると、話している場所の付近に揚げ物の店を見つける。

心の中が荒んでいるのに対して、極めて冷酷な調子で会話を続ける。戦略的に、冷徹に攻略を図る。

 

揚げ物の店の外に展示してあるメニューを指さしながら言う。

じゃあ、メニューだけ見るの付き合ってよ。

「はあ、まあそれくらいなら。」

一度目の、Yes

 

「この店は前に来た事あるの?」

「前に一回だけ来たような気がしますね。」

「そうなんだ。良かったらオススメ教えてよ。

「いいですよ。確か、、、あ、この串カツは美味しかったです。」

二度目の、Yes

 

「ああーいいね、クリスマスに串カツってのも悪くない。笑」

「シュールですね。笑」

「よかったら、終電まででいいから一緒に串カツ食べない?」

「いやーけどもうご飯食べたし、、、」

「けど女子会のネタになるじゃん?クリスマスによくわからんオッサンと二人で串カツ食べたってのも!」

「んー、、じゃあ、一杯だけですよ。」

小さいYesを短期間で2回重ね、最終的に彼女に対する飲み打診を通した交渉術がフットインザステップと呼ばれる手法だという事実に、彼女は気が付いているのだろうか。

まんまと術中に落ちた彼女の横顔を見ながら、思わず暗い笑みが出そうになる。

 

「一人でクリスマス過ごすところだったよ。ありがとう。」

「いやいや、そんな私なんか。」

 

この女の乳房の色は、形は。この女はどんな声で喘ぐのか。

突然の誘いに照れながらも期待を膨らませる少女のような笑顔が、淫らな快楽に溺れた時に見せる時の表情に期待を馳せながら、獰猛な笑みを心に隠すのに精一杯だった。

 


店の中に入る。窓際の席に案内される。時計を確認する。時刻は22:30を少し回ったところだった。

「とりあえず飲もうか」

大した酒の無い店だなと思いながら、ハイボールを2つ注文する。

さて、どう攻略しようか。

先ずは先程聞いた女子会の話を起点に、彼女の情報を収集する。

・アパレルの販売員
・家はここから2,3駅
・出身はこの地方だが、一人暮らし中
・内向的、押しに弱そう

情報を収集しながら、自分が普通の会社員である事をエピソードを交えながら伝える。会社員は最強に相手に安心感を与えるキーワードだ。

 

「いつもこんな感じで女の子に声かけるんですか?」

2杯目のハイボールを飲みながら、彼女が純粋な表情で聞いてくる。

この質問は、チャンスだ。

「まあ酔ったらたまに、、、かな。東京だと結構あるあるだね、こういう一期一会は。普段男と飲んだりする機会は多いの?」

「いや、あまり無いですかね。職場も特に出会い無くて。」

「なるほど。クリスマスに女子会って事は、彼氏居ないんだよね。いつから?

「半年くらいですね。」

「あ、俺と同じくらいだ。 けどまあ、この半年間で男と二人で飲みに、くらいはあるでしょ?

「まあ、、、たまーにですね。」

時計を横目で確認する。15分が経過していた。話題の転換には丁度良い、ここでワンナイトの話を引き出して、仕上げに取り掛かろう。

じゃあ、半年間一度もキスをしてないって事は無いよね?

軽く笑いながら、軽快に言い放つ。

「ええーー、、、、、まあ、、」

素直さは命取りだ。人間は酔っていると判断力が鈍り、嘘をつきにくくなる。

この半年にキスをしてくれた男性に感謝をしながら、会話を続ける。

「まあ、一回くらいあるよね。周りも結構してるでしょ。彼氏居ても浮気してる子とか多いよね。」

これから聞き出すワン・ナイトを話しやすくする為、一旦クッションを挟む。

 

ちなみに、それはキスだけで終わった?

 

相手の目をしっかりと見据え、堂々と聞く。

「えー、、、いや、実は」

 

どうやら彼女は、高校の時の先輩とのセフレ関係が最近始まったようだ。まあ、この世代の女によくある話だ。

彼女はその先輩との話を誰かにしかたったのだろう。しかし、仲の良い女友達には話せていないようだ。狭いコニュニティでは話せない浮気の話。だからこそ、他人の僕が引き出しやすい。

こちらが会話をリードしながら、自分のエピソードも交えて相手の話をどんどん引き出す。

どういう繋がりだったのか。
なぜそういう事になったのか。
その時どういう気持ちだったかと言う過去の気持ち。

その先輩と付き合いたいという気持ちはあるのか。
関係は今後も続けたいのかという未来の気持ち。

しばらく、彼女の話を引き出し続ける。

なんで私、初対面の人にこんな事話してるんだろう。笑

ふと彼女が言う。

それは言うまでも無く、この30分の目標が「ワンナイトの話を引き出す」だからだ。その一点に辿り着く為に全力を尽くす。細かくステップを切り、逆算思考を駆使して。

 

「まあ、酔ってるから仕方ないよ。」

心の中と全く違う事を発言しながら、店員を呼び止めて会計の依頼をする。

 

「お手洗い、行かなくて大丈夫?」

「あ、そうですね。」

 

30分という短い時間での会話に彼女が少しだけ驚きながら、お手洗いに向かう。可愛らしいポーチを持ちながら。

驚くほどに安い会計を済ませ、彼女を待つ。

 

すると、現れた彼女の唇の色は先程よりもきれいになり、ほのかに香水の香りがした。

どうやら、これから解散だと言ったのにメイクをし直したようだ。

勝利の近さを確信し、思わず笑みが零れそうになる。

 


「ご馳走様でした」

 

店を出て彼女が言う。

「こちらこそ付き合ってくれてありがとう。寂しいクリスマスを送らずに済んだよ。」

 

そういいながら手を繋ぐ。

「えー、どうしたんですか。笑」

そう言いながらも、彼女は強く否定はしない。そのままホテルの方向に歩く。勝利の近さに、身体が興奮を始める。

しかし

 

いや、今日は帰ります。もう遅いので。

 

グダか。

これは形式グダなのか、本気のグダなのか。

先程のメイク直しや、手繋ぎOKからすると、形式グダのように見える。だとすれば、どう切り崩すか。

 

一瞬、周りを見渡す。起死回生の切り札を探す。

わかった、じゃあコンビニだけ付き合ってよ。最後に。

「んー分かりました。それくらいなら。お酒でも買うんですか?」

一度目のYes

「そうだね。あと明日の朝食も買おうかな。」

店内に入り、お酒売り場の前に行く。

バドワイザーをカゴに2つ放り投げながら、彼女に聞く。

なんかオススメおしえてよ。ちょっと他のも飲んでみたくて。」

「いいですよ。えーどれだろう。これとか?」

二度目のYes

彼女がオススメしたお酒もカゴに入れる。

 

ふと横を見ると、デザート売り場が目に入る。

「せっかくだからケーキでも買おうかな。なんか食べたいのある?

「あー、これとか食べたいかも。」

 

そう言いながら季節外れのモンブランをカゴにいれる。

「クリスマスなのにモンブランなんだ?」

「いや、めっちゃ好きで笑」

彼女が、嬉しそうに笑顔で話す。

 

そのまま会計を済ませて、再度外に出る。

さあ、二度目の勝負だ。

複数の「Yes」、手には彼女の指定したアルコール、そしてケーキ。先程よりも有利な状況をもって、再度打診する。

 

じゃあさ、このケーキだけ一緒に食べない?お酒もあるし。もし終電無くなりそうなら、タクシー代出すよ。

タクシーなど、大した金額じゃない。金の話はどうでもいい。

 

「えー、、、」

彼女が悩む。

その様子を見ながら、優しく手を取る。

まあ、一年に一度のクリスマスだし。

正直、全く意味の分からない理由を添える。

、、、まあ、そうですね。

 

何がそうなのかは分からないが、照れ笑いしながら彼女が着いてくる。

一人でクリスマスを過ごすよりかは多少マシという結論に行きついたのか。理由はなんだっていい。

 

そのままホテルに向かう。

…本当に慣れてますね。いつもこんな事してるんですか?

「いやいや、そんな事は無いよ。まあ、今日はクリスマスだし。」

今日僕は、何度の嘘をついたのだろうか。そんな事を言いながら、彼女の手を引く。

 


翌朝。

 

早めに起きると言っていた彼女のアラームで目覚める。

眠い目をこすりながらスマホをみると、恋人からの連絡があった。

 

ごめん、家族と過ごしていて連絡が出来なかった

 

信じるべきか、疑うべきか。

僕の恋人は、別の男に抱かれていたのだろうか。

しかし、僕は別の女を抱いた。

 

僕には恋人を疑う権利も、責める権利も無い。

ショートヘアーを整えながら、眠そうな目をこすりながら、去り際に彼女は言った。

お兄さん、何考えているかよくわからないですね。

 


彼女を駅まで送り、再びホテルの部屋に戻る。

まだ女の匂いがするベットに身を投げ、天井を見据える。

 

胸の中から、嫉妬に塗れた黒い感情が、徐々に溢れ出す。

狂いそうになる気持ちを抑える。

そんな瞬間。ふと、思い出してスマホを開く。

僕に送られているTwitterメッセージをもう一度確認する。

 

ナンパ大会”TN1″開催のお知らせ

 

その暗い気持ちに後押しされるように、大会の大祭の概要に目を走らせる。

要約するとこうだ。

8時間で、どれだけ質の高い女性と、何人性行為が出来るか。参加者は全員録音機を携帯し、大会中の全ての音声を録音。第三者による運営を配置し、女性の質や録音機の監理は全てそこでおこなう。不正は絶対に許さない。だが、何かトラブルが発生しても責任は負えない。参加に当たっては誓約書を書いてもらう。

 

一般人が聞いたら、間違いなく激怒するであろうその内容。よくここまで狂った企画を思いつくものだなと感心してしまう。

 

ーーしかし

ーー狂うのであれば

ーー失う物も無いのであれば

 

….面白そうだな

 

その呟きと共に。

狂った戦いに身を投じる覚悟を決める。

参加するのであれば、徹底した謀略を持って、制するまでだ。

僕の心の棘が、まるで温度を失った冷徹な氷柱のように冷却される。

この気持ちをぶつけるには、最高の舞台だ。その舞台に立っている自分を想像すると、鳥肌が立つほど愉快な気分になる。

思わず零れそうになる獰猛な笑みを心に隠す。

 

しかしその時の僕は、まだ知らなかった。

これが、今まで9年間のストリートナンパの中で最も重く、厳しい、想像を絶するナンパになるとは

 

次回|慟哭の8時間 ー ナンパ大会【TN1】で僕が視たもの、抱いたもの

ーー2019 10 公開予定